『ナオキ・ニシガキ 独立の道』

めざすは和歌山きっての『フリーランス』、“働く”を考え、“和歌山” を伝える 優しいテロリストの犯行声明ッ!

【はてな 今週のお題】バカ息子とバカ親父。~歩み寄る勇気あれば~

今週のお題「おとうさん」


先日参加した『りっすんブログコンテスト』

人に押されて参加したものの、
すごく夢中で書いてました。

そんな流れから お題チャレンジへ参加です!
よろしくお願いします!





目次~

家庭崩壊

いつからだったか…
高校卒業のちょっと前ぐらいかな。(約14年前)


父が突然 仕事を辞めてきて
以後 家庭はゴタゴタしました。


いまとなっては思い出話なので
ハッキリ言いますけど


『家庭崩壊』ってヤツですね。


ボクは異変に勘付いてたのですが
触れないようにしていました。

( スーツ職なのに朝から私服で出て行ったり~ )



そしてある日、事実を母から聞かされ
どうしようもない不安に襲われました。



そして感情的な理由で
母に相談なく 仕事を辞めた父を呪いました。

※自動車ディーラーで働く父に憧れていた〜
 後年、ボク自身もディーラーに就職〜



輪をかけて最悪だったのは

その後 約1年、
父は働かずフラついていたこと。


いつしかボクの中で父は
『居て 居ない人』に。




衝突。葛藤。

その後は数年にわたり
存在を無視していましたが

いら立ちを隠せず 何度か衝突しました。


胸ぐらつかんで暴れたこともありましたね。

もちろんボクが (苦笑)



暴力では何も解決しない。


わかってはいましたが
焦燥する母を見て 抑えられませんでした。


再就職の説得、母を泣かすなとの訴え、

当時の父に 言葉はもう
届かなくなっていたのです。




退職から数年後、母と離婚が成立。


おまけに父は脳梗塞で倒れ
一時は 命も危うい状態になりましたが

無時ヤマを越え ひと安心。



拾った命。人生観が変わり
父も変わるのではないかと期待しましたが

ただの希望的観測に過ぎなかった。



人はそう簡単に変わらない。


”変わりたい” と本人が望んでいないのであれば

それは尚のこと。



むしろ 若干残った半身麻痺が
働く意欲の薄い父を ますます助長してしまう結果に。

( 再就職した会社も これを機に退職 )




歩み寄る勇気、相互理解。

そもそも、相手に変化を強いるのが
おこがましかったのです。


変化ってのは

『結果論』なのでしょう。



そして、100を求めるのでなく

”できる範囲で” といったように
歩み寄る姿勢も足りなかったのだと思います。


変化を強制するばかりで
そこにキャッチボールがなかった。



やがて離婚した母から
難病によって余命宣告を受けているとの連絡が入り


皮肉にも これを機に家族が揃うことになりました。
(入院先に外出届を出し 連れ帰った)



離婚している以上、病院に顔を出せない父のため

母の実家には違う理由で伝え 連れ出しました。


父と母。

お互い離婚時とは大きく変わってしまった姿。


久しぶりの再会に
黙って母の手を取った父の姿は

一生忘れられません。




最後の親孝行

ボクは会わせたくなかったけど

離婚なんて 紙切れ1枚のハナシ。


母には こんな状態になったといえ、
家族がいることを実感してほしかった。



そして母の死後、
遺体に手を合わせられるよう

母の実家にお願いし、
病院へ父を連れていきました。

( 父は出禁になっていたからです )



ボクの中で
父へ最後の親孝行のつもりです。






その後は父と揉めることもなく

完全に不干渉に徹しました。


2年半つき合い、
結婚を考えていた彼女にも一切紹介しませんでした。


しかし そんな親子関係も災いし
ボクはフラれました。

(2015年のことだっけか?)



当然でしょう。
彼女は義理の父になるハズだった父と

ボクの関係の修復を願っていたのです。




そして現在……

父との関係は 極めて良好です。


会話が増え 一緒に外出する機会もできました。



別れた彼女の気持ちを汲み、
勇気を出して 歩み寄る努力をした結果です。

自分でも むなしい関係であることはわかっていたので。



父はボクと違い
口数が少なく表現に乏しいので

離れてしまうと離れっきりです。



同居しているので 気づいたのですが

父はボクが仕事から戻るまで
夜も黙って起きててくれています。


電気の消えた家に戻ってくることのないよう、

そして、顔を見てから就寝するためです。



不器用なりに愛情を感じています。

これが『親子』ってやつなのでしょう。





ボクの 父に関する小話はこんなところです。



親子のカタチにも色々あると思いますが

心のどこかでは やはり繋がっていたいですし


ごく一部の例外を除き、
きっとそうなっているものなのでしょう。


( 2019年 5月某日、京都 平等院にて〜 )




最後まで読んでいただき
ありがとうございました!






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